権現山古墳群

ふじみ野市・公共施設

ここで楽しめる一番少ない金額(1人)

0円無料

0円屋内

出典:ふじみ野市「観光施設一覧(市サイト)」(2026-10-05に確認)。料金は変わることがあります。最新の情報は公式でご確認ください。

料金(公式・公的な情報に書いてあるもの)

入場料・大人無料 0円

どんな場所?

権現山古墳群は、ふじみ野市の公共施設です。

入場に料金はかからないと、ふじみ野市「観光施設一覧(市サイト)」に書いてあります。

屋内の施設なので、雨の日の行き先にもなります。

3km以内に0円で楽しめる場所が3か所あり、いちばん近いのは前公園(約880m)です。

権現山古墳群:新河岸川を見下ろす古墳時代はじめの墓と雑木林

権現山古墳群は、ふじみ野市滝1丁目の新河岸川沿いの高台にある、古墳時代の最初期にあたる3世紀後半の古墳群です。前方後方墳1基と方墳11基の計12基が確認され、埼玉県の史跡に指定されています。古墳と雑木林を「史跡の森」として園路から見学できます。

どんな場所か

権現山古墳群は、武蔵野台地が新河岸川に接するところにできた崖の上、見晴らしのよい高台に造られた古墳群です。ふじみ野市の資料によると、造られたのは今からおよそ1700年以上前、3世紀の後半とされています。邪馬台国の卑弥呼の時代からおよそ50年後、行田市にある埼玉古墳群よりも約200年前にあたり、古墳時代の中でも最も早い時期のものです。市の資料では、奈良盆地を中心に広がった古墳の文化が荒川の下流域にまで及んできたことを示す、最初期の古墳群として位置づけられています。

確認されている古墳は12基で、このうち1基が前方後方墳、残る11基が方墳です。方墳は四角い形の墓、前方後方墳は大小2つの四角形をつないだような形の墓です。市の案内図では、12基のうち今も確認できるのは9基とされています。古墳群がある約9,600平方メートルの範囲が、埼玉県の指定史跡になっています。

現地は「権現山古墳群史跡の森」として整備され、新河岸川沿いの緑地公園と隣り合っています。

見どころ:2号墳と初期の古墳の特徴

古墳群の中で最も大きいのが、前方後方墳の2号墳です。全長は32メートルで、地元ではこの墳丘を「権現山」と呼んできました。2号墳は前方部が短く、盛り土が低いまま扇のように開いた形をしています。三味線などに使う撥に似ていることから「撥形」と呼ばれ、古墳時代の初めの古墳に見られる特徴とされています。

方墳がいくつも集まる中に、少数の前方後方墳が混じるのはこの時期の古墳群の特徴とされ、ここに葬られたのは一帯を治めた首長的な人物だと考えられています。墓の周りには溝を掘り、盛り土をしたところに死者を埋葬していました。

後の時代の古墳のように埴輪や葺石で飾るのではなく、土をこねて焼いた壺や高坏を並べて葬送の儀礼をしたと考えられています。2号墳と7号墳からは、底にわざと穴をあけた土器が見つかっており、のちの埴輪につながる前の段階のものとされています。

古い時期の古墳は盛り土が低いため、後の開墾などで削られて失われたものが多いとされます。その中で墳丘が今も残っていること、そして川や平地からよく見える高台という立地がそのまま残っていることが、この古墳群の大切な点として市の資料で挙げられています。

住まいから墓へ・家康の伝承

発掘調査では、古墳と同じ場所から、古墳が造られる直前まで使われていた竪穴住居の跡が見つかっています。ふじみ野市の資料は、もともと高台に住んでいた人々が、見晴らしのよい自分たちの住まいの場所を墓所に変え、自らは一段低い滝の集落へ移ったことを示すものだと説明しています。古墳の登場とともに人々の暮らし方が大きく変わったことを読み取れる遺跡です。

「権現山」という名前には、徳川家康にまつわる言い伝えが関わっています。市の資料によると、鷹狩りでこの地を訪れた家康が、高台の塚の上で休んだという話が滝地区に伝わっています。休んだとされる塚が古墳群で最も大きい2号墳で、家康が「東照大権現」の神号で呼ばれたことから、土地の人々がこの塚を権現山と呼ぶようになったとされています。2号墳の頂上には、江戸時代の末に建てられた石碑が今も残っていると案内されています。

古墳がいつしか忘れられたあと、このあたりは草原や森になり、約400年前ごろには木の少ない高台にいくつもの塚が並び、新河岸川沿いの平地を見下ろす眺めだったと考えられています。市の資料では、1590年に江戸に移った家康が関東の各地で鷹狩りをしており、新河岸川の対岸にある川越市の蓮光寺にはそのときの朱印状が残っているとも紹介されています。

雑木林と園内の歩き方

古墳群の周りに広がる権現山緑地は、ふじみ野市の東部で唯一残る平地林とされています。長い年月にわたって人が間伐や手入れを続けながら保ってきた雑木林で、クヌギ、コナラ、シデ、クリ、エゴなどの落葉樹が育っています。2008年3月には、遺跡と一体になって伝統的・文化的な意味を持つ緑地として、特別緑地保全地区に決まりました。2009年3月に植林された部分もあり、市は今後も雑木林として維持するとしています。

市が配っている見学用の案内図には、1号墳から12号墳までの位置や、古墳群の解説板、2号墳の解説板の場所が示されています。入口は東と北にあり、西の入口は閉鎖中と記されています。遺跡や草木を傷つけないよう、園路の外には出ずに見学するよう案内されています。

地域の情報誌の紹介では、隣の緑地公園に休憩できる場所があり、新河岸川沿いには遊歩道もあるとされています。解説板を読みながら古墳を順にたどれるので、ひとりで歴史をたどる散策にも向いています。

行き方と小さな予算での回り方

所在地はふじみ野市滝1丁目です。地域情報誌の紹介によると、東武東上線の上福岡駅から西武バスに乗り、中福岡バス停で降りて徒歩10分ほどです。専用の駐車場はないとされているため、バスと徒歩で訪ねる前提で計画してください。

古墳群から出土した土器は、ふじみ野市長宮にある上福岡歴史民俗資料館の常設展示で見ることができます。市の館内紹介によると、資料館には2号墳の模型も展示されています。現地で墳丘の形や立地を見たうえで資料館で土器や模型を見ると、古墳群の全体像をつかみやすくなります。資料館の開館日や入館の条件は、市の案内で確かめてください。

古墳群は地元のボランティア団体「権現山くらぶ」の活動でも保たれていると市のページで紹介されており、写真コンテストが開かれた年もあります。

行く前に確かめること

史跡の森は、台風の接近などで一時的に閉じられることがあり、市が開園の再開をお知らせで伝えています。開園時間についてまとまった案内は見つけられなかったため、出かける前にふじみ野市立博物館の文化財保護係(049-220-2088)か市のホームページで必ずご確認ください。

園内は雑木林の中の屋外で、トイレは案内図では隣の緑地公園側に記されています。古墳は遺跡そのものなので、園路を外れずに、案内に従って見学してください。

この記事は、下の記事・公開情報を読んで、まちコスパが要約して書いたものです(2026-10-05)。料金・時間は変わることがあるので、出かける前に公式でご確認ください。

コスパチェック点の出し方 ›

料金10.0
事実の点(10点満点)7.0
駐車場未確認
子供未確認

楽しさ・満足度などの点は、まちコスパの利用者の評価が5件そろってから出します(まだ評価がありません)。

この場所と一緒に楽しむ

  1. 権現山古墳群 0円
  2. 徒歩16分ほど(880m・目安)
    前公園 0円
  3. 徒歩20分ほど(1.1km・目安)
    荒工第2公園 0円
  4. 徒歩21分ほど(1.1km・目安)
    佐沼公園 0円
合計0円

移動の時間は直線距離からの目安です。

基本の情報

所在地埼玉県ふじみ野市滝1-5 地図
電話049-220-2088
営業時間未確認
定休日未確認
公式サイト未確認
駐車場未確認
子供未確認
ペット未確認
雨の日屋内

祝日・臨時の休み、最新の料金・営業時間は公式でご確認ください。情報の更新:2026-10-05

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